普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【書籍】新型コロナ危機下の企業法務部門

  新型コロナ危機下の企業法務部門(経営法友会編、商事法務)を読みました。

新型コロナ危機下の企業法務部門

新型コロナ危機下の企業法務部門

  • 発売日: 2020/06/24
  • メディア: 単行本
 

 

● 本書の趣旨

 本書は、企業内法務の互助団体である経営法友会*1にて企画された書籍であり、そのテーマは、新型コロナ危機下における法務部門のあり方や状況を描くというものです。執筆時点は、2020年5月上旬時点の状況を前提としており、その意味では、新型コロナ下での法務部門の様子をタイムリーに記した書籍になろうかと思います。

 このような企画がなされた意図としては、「はじめに」に記載されており、

新型コロナウイルスにかかる緊急事態宣言が発令・延長される中、企業の総務・法務部門担当者がいま何を考えており、何に悩んでいるのか。近未来において何をすべきと考えられるか。これらについて記録しておこう。同時に、危機時のプラクティスで得られた知見やノウハウを全国の企業法務部門で共有しよう。(前掲はじめにⅰ頁)

というものであり、情報の記録化・共有化が主たる意図となっていると考えられます。

 

 新型コロナウイルスの影響を受けて世の中がどのように変容していくのかもわからない現在において*2、目の前の業務遂行にあたって、そもそもどのような課題が新たに出現しており、それらにどのように対処していけば良いのかといった諸点に関し、一人の知見だけで対処していくのは非常に厳しいところで、同種の状況下にある法務部門が何を考え、何を行ったのかを知ることは、非常に有益なことだと思われます。

 また、本書に収録されている論考の数は29編ありますが、いくつかの論考の中では同種の課題が設定され、その対処方法もまた同種の方法が選択されているものも見ることができます。緊急事態の中で、相応の経験とノウハウを有するものの企業を異にする法務パーソンが、同じような問題意識の下に同種の行動をしたということは、他社でも似たような場面に遭遇する確率高いとも考えられ、そのような諸点についてはより注意深く読んでみるといった読み方もありえるように思います*3

 

● 情報への向き合い方

 新型コロナウイルスの影響を受けた業務としては多々あるように思いますが、本書を読む上での一つの軸として、「情報」の取得という点に着目してみました。

 そもそも論として、新型コロナウイルスの影響を受けうるものとしてはどのようなものが考えられるのか。そのような点についても、相当程度網羅的に記載された論考があり、外部環境と内部環境の2区分を前提として、

新型コロナウイルス禍における外部環境の把握としては、政府や自治体による緊急事態宣言発出などの規制の動向、業界の動き、顧客・取引先・協業先等のビジネスパートナーとの関係やコミュニケーション手法などの情報収集に努め、内部の環境把握としては、主に従業員に対する安全配慮義務の観点から、在宅勤務や時差出勤を行うにあたって、これに対応した人事システムや労務管理手法やルールが整っているか、在宅で行う場合のパソコンの使用、通信環境、社内システムへのアクセスなどのセキュリティ問題、個人情報管理の問題、従業員間のコミュニケーション手法などが考えられる。また、派遣労働者の就業環境と管理をどうするのか(派遣元との交渉含む)にも配慮しなければならないだろう。(「危機時のコンプライアンス」(竹内昭紀、前掲62頁))

 といった指摘があります。

  もちろんこれは、当該企業内での法務部門の位置づけ、自身の位置づけや職域等によってどこまでやるかは変わってくるものですし、その優先順位も当然に変わってくるものだとは思いますが、新型コロナウイルスにより自身の周辺にどのような影響が起きるのかを考える一つの視点にはなるのではないかと感じました。

 

 また、もう少し身近なところに視点を移すと、事業部門からの「情報」の取得という課題もあるように思います。この点について本書を読んでいくと、ITツールを用いて距離の問題を解決するという論考もありましたが、それ以外には「情報の発信」に着目した論考が目を引きました*4。情報の「取得」について考える際に、自身からの「発信」という視点を持つのは中々盲点ともなりそうな視点であり、参考になる視点と感じました。

 

● さいごに

 本書では、以上に述べたような多様な実務の知恵が記載されているのですが、最も多くの論考で触れられていたのは、「基本」を忘れないという視点であるように思いました*5。こういった先の見えない不透明状況ですと、どうしてもすぐに課題解決可能な処方箋に頼りたい気持ちも生じてしまいがちですが、そんな中でも「基本」が最も大事と経験豊富な法務パーソンが共通して語っているという事実は、非常に大事なことのように感じました。いずれにせよ、本書は参考になる書籍と感じました。

 

以上

*1:2020年5月時点で1300社を超える企業が会員となっているとのこと。

*2:2020年8月15日時点。

*3:一例をあげると、平時の規範をそのまま適用したのでは危機時の対応としては不十分な場合に、実質的な違法性の有無を考慮して、どのような行動をとっていくべきかを示していくのも法務部門の役割の1つであるといった指摘が複数の論考の中でなされています(「法務担当者は生き残らねばならない」(望月治彦、前掲122頁)、「小規模法務部門の同志へ」(山本信秀、前掲147頁))。

*4:具体的には、「不確実性の高い状況下における法務の在り方」(西谷和起、前掲116頁)、「法務の発信力は尊い(はず)」(亀井勇人、前掲199頁)。

*5:このような基本に立ち返ることの重要性を明示的に示した論考として「新型コロナ危機後の企業法務に期待されるもの」(小幡忍、前掲14頁)。本論考における、「また、最後に、我々企業法務は常に会社のために働くものであることを忘れないようにすべきである。給与は会社が支払うものである以上、我々の判断は常に何が会社にとってベストなものかを考え、選択していくことが必要である。とかく上司や依頼元のために働くという錯覚に陥ることがあるが、それは誤りであることを理解する必要がある。」という指摘は重要な点かと感じました。