普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【書籍】スタートアップ買収の実務‐成功するオープンイノベーションのための戦略投資

 スタートアップ買収の実務‐成功するオープンイノベーションのための戦略投資(増島雅和ほか編著、日本経済新聞出版)という書籍を読みました。

 

 

1.私が本書を読んだ際の軸

 私が本書を手に取った理由としては、スタートアップを買収する際の実務的な知見を得たいと考えたことによります。

 本書のテーマに類する書籍としては、スタートアップのファイナンスの視点から語る書籍、スタートアップへの出資という視点から語る書籍、M&A一般の実務的な知見から語る書籍については、良書も多く存在しており、書籍による実務的な知見へのアクセスが比較的容易な状況にあるように思います。

 一方で、スタートアップの買収をストレートにテーマにした書籍というのは中々なく、企業内の実務者からすると、上記のような書籍からの類推、当該テーマを扱ったセミナーでの知見獲得、実務上の知見の蓄積といった方法による実務的な知見へのアクセスが主たるものになっているように思います。

 また、企業内で上層等への説明の際、上層等がスタートアップ買収特有の実務的知見に乏しかった場合、スタートアップ買収特有の事項についてもしっかりと言語化して説明する必要があります。さもないと、一般的なM&Aとの差分が意識されない指示を受けることにもなりかねません。

 こういった観点を踏まえ、「買収者の観点からスタートアップ買収の実務的知見を知る」という切り口で本書を読みました。

 

2.本書の特徴

 本書の大きな特徴としては、一般的なM&Aとの差分としてあげることができるであろう「関係者のインセンティブ構造」を強く意識した点にあると思います。

 まず、本書は、前半部分においてビジネスモデルが未成熟であるというスタートアップの企業のビジネス上の特徴をうまく整理・言語化し、後半部分においてはそれを踏まえたM&Aのテクニック的なことが書かれています。

 法務の立場でM&Aに関与していく場合、企業によって関与の仕方はさまざまなものがあるとは思いますが、DDや契約を通したリスクマネジメントという観点が大きくなってくることは想定されるところです。

 そのこと自体は重要なポイントだと思いますが、スタートアップ企業の買収という文脈になると、多種多様な株主の存在、経営陣の存在、従業員の存在といった多種多様な利害関係者が出現する傾向にあります。また、大企業とスタートアップ企業とでは、企業文化という切り口でも大きな違いがあります。そのような中で、ガバナンスや契約を通して、自社の戦略目的を達成する上で必要なインセンティブ構造はどのようなものかといった点を分析する必要があるのは、スタートアップ企業の買収の特徴になってくるかと思います。そういった点を真正面から論じているのは本書の特徴だと思います。

 本書を読む中では、大企業であろうとスタートアップであろうと、自分の見えている範囲には限界があり、そこに謙虚にならなければならないということを思い出させてくれます。

 

3.本書に書かれていないこと

 一方で、本書を読む上では、本書に書かれていないことも意識すべき必要はあると思います。

 本書でも触れているところではあるのですが、本書を読む上では、大前提としてのM&Aのプラクティスは知っておくべきだと思います。バリュエーションがどのようになされるのか、DDの目的や方法、契約書の典型的な条項など、法務の観点からも必要な知識は別の書籍で仕入れておく必要があります。そうでないと、どの部分がスタートアップ買収の差分になってくるのかを意識できず、本書の持ち味が半減します。

 また、スタートアップ買収の実務という観点で見ても、背景の考え方やビジネス上の特徴という観点に重きを置いており、個々のドラフティングなどを期待して読む書籍ではないと思います。ですので、この部分については別途補っていく必要があるように思います。

 

 とはいえ、本書自体は、類書にないテーマを扱った書籍であり、スタートアップ企業を買収する案件に関わる実務担当者にとって得るものがある書籍だと思います。

 

以上。