普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【書籍】メーカー取引の法律実務Q&A

 読んで字のごとく、メーカー取引という切り口から法律実務を論じる本として出版された「メーカー取引の法律実務Q&A」を読みました。結論としては、メーカー取引に携わる方であれば、座右に置いておく価値ある1冊と思います。

 

メーカー取引の法律実務Q&A

メーカー取引の法律実務Q&A

 

 

● 本書の構成

 本書は、読んで字のごとく、メーカーにおいて法務実務に携わる者にとっての「あるある」集のような位置づけとなると思います。

 メーカーにおけるビジネスを見る際の切り口としてはいろいろとあるかと思いますが、本書においては「契約」という切り口からメーカービジネスにおける法律実務を切り取っている点が、本書を読む上で大事な視点になってくるかと思います。具体的には、このような視点を前面に出し、契約成立段階、契約履行段階、契約履行後の段階という3つの章立てを中心にして論じていく構成になっています*1。さらに、それぞれの段階に関し、総論的な観点、納品先との関係、調達先との関係という切り口からも整理された記述がなされています。

 また、Q&A形式のため、メーカービジネスにおいて日頃接するであろう「あるある」問題を検索しやすい構成となっている点も大きな特徴と言えます。例えば、IoT機器へのハッキング(前掲48頁)、入札案件でのスペックイン活動(前掲89頁)、エンドユーザー対応を先行させた場合の対応費用の負担の要否(前掲128頁)等、かゆいところに手が届きそうなQ&Aも相当程度見られます。

 このように、本書は、メーカービジネスにおける法務相談がやってきた場合に座右に置いておくことで、解決のヒントを見つけやすい構成となっているように思います。

 

● 本書に「書かれていること」は

 このような構成となっている本書ですが、本書に「書かれていること」はどのようなことでしょうか。

 

 個人的に、本書の大きな特徴としてあげることができる点としては、

 ① ありがちな行為の法的位置づけがきっちり検討・記載されていること

 ② 裁判手続になった場合の事実認定的な側面からの記載が豊富なこと

の2点となるかと考えます。

 

 まず、①についてですが、例えば、メーカー取引における見積書の位置づけはどのような位置づけとなるか。当たり前といえば当たり前なのですが、こういった当たり前の点に関しても、本書は、

なお、発注書の発行に先立って受注者(売主)側から見積書が発行されるところがあるところ、見積書の内容や発行の経緯、関連する商慣習等にもよるが、通常の場合、見積書の発行は契約の申込の誘引であり、契約の申込みそのものではないと解される。(前掲2頁)

といったきっちりとした検討・記載がされています。

 メーカーにおける法務実務を行うにあたっては、こういった目の前の当たり前の行為の法的位置づけをきっちりと積み上げていくことが大事かと思いますが、それでは、見積書の他、取引基本契約、見積依頼書、見積仕様書、購入仕様書、発注書、請書、発注予定表、カタログ等々のメーカー取引において日々接することになるであろうこれらの書面の法的位置づけをきっちり整理できているでしょうか*2。また、自身に相談が持ち込まれた際、事業部門から渡された資料以外に、これらの資料を追加で渡してもらうための検討・依頼をしているでしょうか*3

 本書では、日々の仕事において、こういった当たり前を確認していくことの重要性が強調されているように思います。

 

 次に、②についてですが、例えば、納品先から自社製品の問題に起因する損害賠償請求を受けた際、全額賠償する旨を口頭で約束してしまったというような場面に関し、

この点は口頭での約束の解釈の問題となるが、このような状況における「損害をすべて賠償する」という口頭でのやりとりは、発言者の立場や発言の文脈にもよるが、多くの場合は「法的に賠償すべきものはすべて賠償する」という趣旨にすぎず、文字どおり「法的責任とは無関係に何でも賠償する」という確約ではないと解すべきと思われる。(前掲310頁)

と相当程度踏み込んだ記述がなされています*4

 もちろんこのような約束の解釈や事実認定の問題に関しては、案件ごとのケースバイケースの判断にならざるを得ないのですが、時には裁判例をも引用しながら、一つの意見を提示してくれている点は大きな特徴かと思います。

 

● 本書に「書かれていないこと」は

 それでは、逆に、本書に書かれていないことは何か。

 まず、本書のはしがきでも指摘されていることですが、本書においては「開発」段階で発生しうる問題に関して何ら触れられておりません。メーカービジネスおいては、開発⇒製造⇒販売のバリューチェーンにおけるリスクを分析・対応していくことが重要になってくるかと思いますが、本書がメーカー「取引」の「契約」という切り口から整理した書籍である以上、これらを網羅した形にはなっていない点には注意が必要です。

 また、本書はQ&A形式で書かれているため、基本的には相談されたことにどう対応するかという視点での構成になっていると思います。しかし、実際には、相談されたことそのものはもとより、相談されたことの裏・周辺にある真のリスクを発見することも大事になってくることがあります。その上で、極めて実務的な問題になりますが、発見したリスクを前提に、法務部門以外の他部門を巻き込んだ上でのリスク対応が必要になってくる場面もあるかもしれません。なので、本書に記載されているような事項の相談があった際にも、本書の記載のみで対応が完結しないこともあることは留意が必要かと思います。

 どのような良書も限界を意識することは大事と考えます。

 

 以上のように、本書の感想をつらつらと書きましたが、本書は、本書の役立つ場面はどのような場面かをきっちり意識しながら使っていくことで、メーカー取引の法務に携わるにあたって極めて有用な1冊になると思います。オススメです!

*1:その他の別テーマは、第4章以降にて記載がある。

*2:前掲33頁(発注書で見積仕様書と異なる仕様書を引用した場合、発注書で特定の仕様書を引用しない場合)、前掲51頁(古いカタログに基づく発注の有効性)、前掲74頁(発注予定表の位置づけ)、前掲83頁(大量発注を前提とした見積単価と少量の発注)等

*3:もちろん、案件の軽重により、どこまで対応するかはケースバイケースと考える。

*4:その後の記述で、「納品先から要求を受け、いったん持ち帰って熟慮した結果このような回答をした、あるいは、納品先から具体的な請求額の提示を受けた状況でそのすべてを賠償すると発言したといった事情があれば別であるが、」(前掲311頁)といった個別具体的な事情の例にも触れている。