普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【書籍】企業不祥事を防ぐ

「企業不祥事を防ぐ」(國廣正・日本経済新聞出版社)を読みました。危機管理分野で著名な國廣弁護士によって書かれた本であるということで手に取ったのですが、同弁護士の想いが込められた非常に読み応えのあるものでした。

● 企業内における「コンプライアンス意識」の様相

・昨今、多数の企業不祥事事例が報道され、それに伴い、「コンプライアンス」遵守と至る所で叫ばれて久しいところです。

・それにもかかわらず、相も変わらず「企業不祥事」がなくならないのはなぜか。そのような大きな問いに対し、本書では、コンプライアンス活動」が「ストーリー」に組み込まれていないのではないか、という問題意識を基に論を展開していきます。

・「ストーリー」と「経営」の結びつきといえば、「ストーリーとしての競争戦略」(楠木健・東洋経済新報社*1が想起されるわけですが、著者によれば、「コンプライアンス活動」における「ストーリー」の大切さは、このような大きな視点での結びつきだけではなく、日々業務をこなす現場の担当者目線視点から見ても重要だと指摘します。

・これらの点に関し、著者は、実際の不祥事事例を参照しつつ*2

それは、一人一人の社員の立場から見たとき、コンプライアンスというものが「なぜ、私たちはこの企業で働いているのか。何をやりたいのか」ということとは無関係の「やらされ感」をもたらすものに過ぎなかったということだ。つまり、コンプライアンスと社員にとっての働く意義とが分断されていた点が両社の共通項といえる。(前掲・31頁)

と指摘しています。

● コンプライアンス活動として何ができるか

・それでは、このような「企業不祥事」を防止するためには何ができるのでしょうか。

・「企業不祥事」を防止するぞ!となった際によく耳にする言説としては、コンプライアンス意識を高める」といったものだと思います。しかし、この点については、

確かに「よくないこと」という程度の認識はあっただろうが、「この程度なら許されるだろう」という勝手な思い込みや「これまでずっとみんながやってきたころだから、今さら自分だけがやめるわけにはいかない」という集団的な同調圧力が主要因だったと思われる。つまり、「赤信号みんなで渡れば怖くない」というマインドだ。(前掲・60頁)

という著者による指摘が参考になるかと思います。

・確かに、「人」に着眼するという点は重要な視点ではあるのですが、コンプライアンス意識を高める教育さえ行っていれば、そこで働く人は常に不祥事を起こす前に思いとどまることができると考えるのは、希望的観測にすぎないのかもしれません*3

・では、どのように対処すれば良いのかですが、この点について、著者は、「仕組み作り」の重要性を掲げています。「仕組み作り」というと、多様なものを考えることができますが、一つには、不祥事を防止するためのマニュアル作りというものがあろうかと思います。しかし、著者は、それだけでは人の行動を制御することは困難であると考え、AI等のIT技術を積極的に活用していくべいきであるということも指摘しています。

● 対応すべき「リスク」の範囲はどのようなものか

・さらに、本書では、企業が対応すべき「リスク」の範囲にまで立ち返った検討もなされております。

・まず、コンプライアンス活動と言えば、「法令遵守」という言葉もあるように、法令違反を侵さないようにという視点は大前提としてはあるように思います。

・しかし、本書で問題とするのは、現代社会におけるコンプライアンス活動にとっては、このような「法令遵守」という視点のみで足りるのかという点です。そのような問題意識に対し、著者は、「コンダクトリスク」という概念の重要性を説いています。この「コンダクトリスク」については、著者自身も、明確な共通認識があるわけではないと言いつつも、明確な法令違反とは言えない行為が集団的に積み重なった結果、会社のレピュテーションが棄損されることという趣旨の記載をしており、いわゆる「レピュテーションリスク」とその本質的な方向性は同じであると述べています。

・これらを前提として、著者は、企業不祥事の主戦場はレピュテーションリスク対応にあるという指摘をしている点は非常に重要な指摘になろうかと思います*4

● 一法務担当者としてできることは何か

・それでは、本書で指摘されている事項に関し、コンプライアンス活動に従事することがある一法務担当者としては何ができるのでしょうか。

・まず、最初に見た「ストーリー」を持ったコンプライアンス活動になっているか=現場の方々が自分事として取り組めるものになっているかというのは省みる必要があると思います。例えば、一法務担当者が担当するコンプライアンス活動としては、

 ▻ 規定や業務フローの整備

 ▻ コンプライアンス研修

といったものがあろうかと思います。これらの活動を行う際、現場の置かれている状況から離れて、単に●●といった行為をしてはいけないと述べるだけの規定になっていないか、法令ではこのような行為をしてはならないといったことを教えるだけの研修会になっていないかは自問自答すべきかと思いました。その結果、実際の現場に足を運んだ上での業務になっているか他事業部で行った研修を使いまわしただけのものになっていないかビジネス環境が変わったのに長年放置している規定や研修教材はないか等、意識すべき点はたくさんあるように思いました。究極的な課題としては、現場の担当者とどこまでディスカッションを実施できるか、といった点が大事にはなってくるかと思います。

 ・また、有事の際に、目の前の状況で真に問題とされているのは何かを判断することも大事かと思います。本書でも指摘があったように、目の前の状況で問題とされているのは、法令違反が問われているのかそれを超えた企業としての姿勢が問われているのかという点をしっかりと意識しないといわゆる「ズレた」対応になってしまうのでしょう。ただ、この点も、何も発生していない状況下や他人の行為を批評する場合には冷静に判断できるものですが、実際に、自分自身が当該状況への対応業務を担うことになった場合には正確な対応ができない可能性があるということも念頭に置いておくべきかと思います。そうだとすれば、何もない平時の状況下から、危機対応マニュアルの整備等は行っておく必要性は高いのかもしれません。もちろん、実際にはマニュアル通りの対応はできないでしょうが、危機状況下では、考えなくてもすむことはできるだけ考えない、考えるべきことにリソースを集中するといった対応も必要になってくることも想定できるところです。

・個人的には、コンプライアンス活動において「人」が見えるか否かは大事な視点ではないかと感じる次第です。

 

以上、「企業不祥事を防ぐ」を読んだ感想を記載した次第ですが、本書は、著者である國廣弁護士の強い想いが込められた書籍であることは間違いなく、コンプライアンス活動に関わる方々に対しては、強く推奨できる書籍だと思います。

*1:https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AE%E7%AB%B6%E4%BA%89%E6%88%A6%E7%95%A5-%E2%80%95%E5%84%AA%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%88%A6%E7%95%A5%E3%81%AE%E6%9D%A1%E4%BB%B6-Hitotsubashi-Business-Review/dp/4492532706

*2:三菱自動車工業の燃費不正事件及びNHK記者らのインサイダー取引事件を参照している。

*3:この点を考える際には、人の行動に着眼する「行動経済学」にヒントがあるような気がします。

*4:本書内では、このような指摘に関し、いわゆるカネカのパタハラ事案に関する検討を加えています。