普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【書籍】企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務

 企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務(幅野直人著、中央経済社*1を読みました。企業法務初心者が読むにおいては非常に良い本だと思います。

 

 

1.本書の概要

 本書は、「契約書業務初学者」を想定の上で、契約書作成・レビューのノウハウを言語化した書籍になっています。

 ここで書いたように、ある程度の民法知識などの法的素養がある初学者ではなく、契約書業務という観点に焦点をあてた意味での初学者をターゲットにしている点は類書に中々ない書籍になっています。

 実際、契約書作成・レビューについては、いくつかの良書と言われる書籍はあります。例えば、様々な契約類型を記載した定評のある書籍としては契約書作成の実務と書式(阿部井窪片山法律事務所編、有斐閣などがあります。
 一方で、法務業務自体のノウハウについても、いくつかの良書と言われる書籍があります。例えば、企業法務の暗黙知言語化した書籍としてはスキルアップのための企業法務のセオリー第2版(瀧川英雄、第一法規などをあげることができます。

 しかしながら、これらはいずれも契約法務初心者が適切なOJTなく1冊目として選ぶにはハードルが高い書籍であり、まずどの書籍を紐解くべきかという観点ではなかなか悩ましいものがありました。

 そういった中で、本書は、契約法務の1冊目として紐解くべき書籍としては非常にオススメできるものになっていると思います。

 

2.本書の良かった点

 本書の良かった点としては、以下の3点を挙げることができます。

 

 まず、契約書レビューの目的についてしっかりと言語化されている点をあげることができます。よく契約書レビューにおいては、ビジネス理解が重要であるとか、リスクマネジメントの発想が重要であるとか、いろいろなことが言われますが、本書ではその目的を以下の5つに整理しています(本書27頁以下)。

・当事者の意向を反映する

・自社にとって不利にならないようにする

・適法性を確保する

・紛争を予防する

・実効性を確保する

 こういった形で契約書レビューの目的をバシッと言語化しているのは非常に思考がクリアになるもので、類書にないものだと思います。

 

 次に、契約書レビューの作法における非常に実務的な点に触れている点もあげられます。

 契約書レビューにおいては、雛形の探し方からWordファイルの使い方、そしてPDFでやってきた契約書に対する対応方法など、様々な実務的な場面に遭遇します。本書では、そういった出来事への対応策も書かれているのは非常に印象的です。例えば、ファイルのプロパティに余計な情報が含まれていないかは注意すべし(本書26頁)といった先輩・上司に言われて気づくようなことまで書かれているのは特徴的です。

 

 さらに、初心者がまず習得すべき契約書類型に焦点があてられた解説に絞って載せられているのも特徴的です。

 どのような契約書の類型のレビュー頻度が高いかといった点は、個々の企業ごとにマチマチになるかと思います。とはいえ、秘密保持契約書、業務委託契約書、売買取引基本契約書の3つについては、法務パーソンであれば基礎的なものとして習熟しておくべき契約書の類型であって、本書がここに絞って解説をしているのは、契約実務初心者が迷子にならないという意味で非常に良いと思います。

 

3.本書の惜しい点

 一方で、本書を読んで惜しいと感じたのは以下の3点です。

 

 まず、第1章の契約とは?の部分が、本書をもってしても非常に教科書的であるという点です。

 この部分、社内研修をしていても「申込と承諾は…」のように非常に教科書的な説明になってしまい、果たしてこの説明で良いのか非常に悩むところです。本書でも同じような説明になっているのですが、初学者に対しては別のアプローチがあるのでは?とはよく思います。例えば、企業内の実務であれば、もちろん個々の企業ごとに違いはあるにしても、個々の営業担当者の業務フロー面、発注のシステムや規定の存在といったインフラ面など、そういった側面からのより実践的な説明のアプローチはできないかと感じる次第です。

 

 また、ある程度仕方ない側面はありますが、やはり、客観的な整理という側面が出すぎているような気もします。良い点であげた契約書レビューの目的の言語化もその通りではありますが、ほんとうの1年目であれば上記のような概念的な発想よりは、まずはヒトモノカネ情報の取引形態図を書いてみよう!といったところがスタートにも思えます。こういった「客観的な整理」を超えて、より「初学者の立場」の目線が出ると、もっと1年目に薦められる書籍になると思います。

 

 そして、本書の次に紐解くべき書籍のリストは欲しかったと感じます。本書をベースにOJTを受けていくと、より範囲を絞った書籍に当たる必要があるようになってくると思います。そういった場合にリサーチする書籍への補助線が引いてあると、より良くなると思います。

 

 以上にてつらつらと書きましたが、非常に良い本だと思います。オススメできます。

*1:いわゆるハバノ本。