普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【書籍】スキルアップのための企業法務のセオリー(第2版)

 スキルアップのための企業法務のセオリー(第2版)(瀧川英雄、第一法規を読みました。企業法務に携わり始めたばかりの人が暗黙知を学ぶための書籍としては、やはりこの本を薦めることになろうと思います

 なお、第1版との比較というよりは、第2版をゼロベースで読んだ感想です。

 

 

第1 本書の位置づけ

 法務の仕事に携わる際にまずどのような本を読むべきか。

 こういう質問を投げかけられたときに、どのように回答するかは結構悩むことがあります。

 もちろん、質問の投げ手の立場からすれば、日頃の業務で契約書の審査をメインにやっているから、そういった契約書の審査を行うために即効性のある本を求めていることも多々あると思います。実際、そういった本を薦めるべき場面もあります。

 ただ、実際の仕事を見ていると、そういった契約書の審査を行うための即効性のある書籍が必要というよりは、もう少し抽象的な法務スキルが成長のためには必要と感じる場面もあるところです。それは、いわゆる汎用的なビジネススキルに限りなく近いこともありますし、法務業務に特殊に見られるスキルであることもあります。また、こういった抽象的な法務スキルというのは、一般的には「暗黙知」と呼ばれる領域のものであり、中々、言語化して伝えられることがなく、他人の背中を見て身に着けるというものになりがちです。

 そういった中で、本書は、可能な限り「暗黙知としての法務スキル」を言語化しており、経験の浅い法務担当者にとっては疑似OJTともいうべき経験ができる書籍になっていると思います*1

 

第2 本書の良い点

 個人的に、本書の良い点としては以下の2点をあげます。

 

 まず、第2部の企業法務遂行スキルの章は、おそらく一般的な企業であれば上司や先輩から教わる部分だと思うのですが、これがうまく言語化されて非常に良くまとまっていると思います。

 例えば、契約審査業務フローというのがあげられているのですが、それについては、

第1フェーズ:案件の把握とビジュアライズ

第2フェーズ:問題点の抽出と解決

第3フェーズ:契約書の修正

第4フェーズ:依頼者への回答

と区分し(本書60頁から68頁)、そのそれぞれのフェーズごとに必要な作業を詳細に言語化しております。

 実際の業務遂行上、OJTを受けるといっても、どこまで詳細に言語化して説明してもらえるかは残念ながら人によって千差万別であり、当たりはずれもあるのが現実かと思います。そういった中でも、本書のこういった言語化された法務スキルを参照することで、OJTを補う効果というのは多大なものだと思います。

 

 次に、第3部の典型的な法務案件のセオリーという部分も、他書とは一味違った切り口での説明がなされていると思います。

 例えば、売買契約のセオリーが説明されているのですが、類書であれば、契約不適合責任とは…や検収とは…といった契約条項からのアプローチでの説明がなされることが多いです。ですが、本書はそういったアプローチは採用せず、ビジネス側からの説明アプローチを採用しているのが非常に特徴的なところです。

 具体例をあげますと、売買契約でも、売りの契約と買いの契約ではみるべきポイントが代わってくるところですが、買いの契約ではQCDの確保という視点を前面に押し出して説明しているのは非常に印象的なところです。また、リスクアロケーションの説明部分でも、マージンの大きさによってリスク許容度が変化して来うる説明がなされている点も非常に印象的です。こういった視点をもって業務に臨めるかで、事業部とのコミュニケーションも変わってきますし、机上の仕事にならない第一歩となるというのが個人の印象です。

 

 こういった実践的な暗黙知言語化がなされているのは非常に良い点と思います。

 

第3 本書の気になる点

 一方で、本書を読む際には、本書はあくまで著者の考える法務のセオリーにすぎないという「限界性」を意識する必要があると思います。

 例えば、先にあげた売買契約のセオリーの部分で言えば、買い契約の説明はその通りですが、売りの契約の説明がそれを反転しただけの説明になっている印象で、売り契約の大きなポイントとなってくる売掛債権の良質さという視点は完全に抜け落ちております。もちろん、自社ビジネスの位置づけや業界構造次第でリスクポイントは変わってくるので、自社ビジネスが売上の面にリスクがあるのか、費用の面にリスクがあるのか等、本書の示すセオリーを軸にはしつつも、その限界性も同時に意識しながら業務に臨むのが、次の一歩になってくるのだろうと個人的には感じました。

 

 また、第2版で改訂されたと思われる箇所が、とってつけたような記述になっているのは少し気になった点です。本書の初版が出たのが2013年で、第2版が出版された2022年まで9年の歳月が流れているところです。その期間の世の中の変化というのはいろいろとあったと思いますし、本書でもその変化については触れているのですが、あくまでもその「紹介」に留まっている印象で、本書でなくても知ることができるだろうというのが感じるところです。むしろ、本書であれば、上記のような言語化部分について、この9年の歳月でさらなる著者のノウハウがさらにブラッシュアップされたことだと思うので、それを惜しむことなく開示してほしかったと考えた次第です。

 

 

 以上、いろいろと書きましたが、良書であることには変わらないと思います。

*1:近い類の書籍としては、法務の技法(第2版)(芦原一郎、中央経済社)も見られるところですが、当該書籍は法的思考をどのように法務業務に活かしていくかという視点が結構出てきており、法的思考に馴染みのある方が読むとわかりやすいですが、そうでない方であれば、よりフラットな本書の方が馴染みやすいと思います。