普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【法務】ビジネス法務 2022年8月号 感想

 ビジネス法務2022年8月号の特集の1つが「25社の経験に学ぶ 私が悩んだ契約書業務と解決プロセス」というものであり、個人的に興味をひくものであったため、読んでみました。以下にて、その中でも個人的に気になった記事の感想を書きます。

 

 

1.「取引基本契約書」に修正要望があった場合の検討と対応(江口辰彬、本書22頁・23頁)

 本記事では「取引基本契約書」への修正要望への解決プロセスに関して、著者の過去の経験をベースに紹介がなされておりました。

 紹介された内容自体については、その背景含めて具体的な事情が明らかではないので、紹介された方法自体が適切か否かについてはよくわからないところがあります*1。しかし、それは置いておいたとしても、理由に関してきっちり言語化して相手方に伝えるということ自体は納得できるものではありました。

 日々の契約審査において、相手方と文章でやりとりすることは多々ありますが、修正案に関してこちらから理由を書いたとしても、相手方から何ら理由を告げられることなく、受け入れられませんといった対応を受けることも多々あります。その背景には、当該取引における交渉力の差やビジネス上重要な取引相手と見られていない可能性もあるのですが、そうだとしても、議論すらできないという厳しい場面に直面することもあります。

 また、相手方から理由が返ってきたとしても、その後の展開が法律論や理想論での空中戦になってしまい、実質的な議論がなされないまま時間だけが過ぎていき、時間を重視せざるを得ない方が最終的に折れざるを得ないというパターンもあるように感じます*2

 加えて、慣れていないとよくありがちなのは、理由を付けた修正案をぶつけるまではいいのですが、相手方からそれなりに合理的な理由とともにこちらの修正案受け入れられない回答が返ってきたときに、それでそのまま終わってしまうこともあるように思います。おそらく経験値の問題だと思いますが、契約書の条項について議論をするというのはどういうことなのか、ということについて意識的に身に着けていく必要があるように感じることもままにあります。

 いずれにせよ、日々、契約書の修正理由については言語化する練習をし、相手方と議論をする経験が重要な気はします。

 

2.業務委託契約における委託内容の明確化(河野大輔、本書26頁・27頁)

 本記事では、システム構築に関わる案件をベースに「委託内容」の明確化に関する実務的なノウハウが書かれておりました。

 いろいろと書いてありますが、大きなポイントとしては、事業部門から送付されてきた契約書以外の書面の存在にどこまで気づけるかという点かと思いました。

 目の前の事業への理解が進んでいくと、取引の最初から契約の締結に至るまでにどのような書面がビジネスサイド間でやりとりされているかのフローが分かるようになってくると感じます。例えば、提案書、仕様書、見積りといったものが、どのタイミングでどういった位置づけで出されてそこに何が書いてあるのかといったものが、わかるようになってくる感覚です。

 こういったものは慣れていけば良いのですが、いざ実務で気を付けるとすれば、自分自身が慣れていない商慣行等が存在するビジネスの案件をふと担当することになった場面だと思います。例えば、メーカーであれば通常その業界で扱っている案件ではなく、たまたまIT関連の案件に遭遇するような場面です。こういった場面ですと、目の前にある業務委託契約書について、自分の慣れていない商慣行等が存在することを忘れてしまい、単なる典型的な業務委託契約書の審査として、目の前の契約書を見てしまいたくなる衝動に駆られることが、正直あります。ダブルチェックなどの機能があれば良いですが、そういった機能もなければセルフマネジメントが大事ですし、こういった場面ほど気を付けなければいけないと再認識することがあります。

 いつ何時でも、先入観なく「聴く」ということの重要性を思い出させられます。

 

3.ナレッジマネジメントの仕組みを用いた契約法務人材の育成(田中愛、60頁・61頁)

 よくSNS等を見ていても法務業務のナレッジ共有という言葉が見られ、本記事は、まさに、一企業でのナレッジ共有のための着眼点がまとまった記事になっています。

 記事自体はふむふむと思いながら読んでいたのですが、気になったのは、日々の法務相談や外部専門家への相談については自動的にデータベース化されると書いてあるものの、特殊なプロジェクトや大型のプロジェクトについてどのようにナレッジ共有する仕組みがあるのかというのは非常に気になりました。

 同種の記事を見ていても、よく出てくるのは日々の契約審査等の業務に関するナレッジの共有という観点であり、それ以外のプロジェクト等の業務についてどのようにナレッジ共有しているのかというのは個人的に強い興味関心を抱いているところです。よくノウハウの属人化ということも言われますが、個人的な印象では、日々の契約審査よりも、大型のプロジェクトを部課長が囲い込んで部下にやらせないことでスキルやノウハウの伝承が行われない、担当レベルが主で対応するにしても特定の個人が対応することが多い、にもかかわらず、結果やプロセスの共有が行われない、といった点にもノウハウの属人化が顕著ではないかと感じることがあります。こういった点に関する対応策についても考えて実践していきたいと思っておりますが、中々、継続が難しいなぁとも感じるところです。

 ナレッジ共有については試行錯誤が必要と再認識する記事でした。

 

 その他の記事も自分の問題意識と合致すれば有益な示唆が得られるものもあったと感じる次第です。

 

以上。

*1:個人的には抽象的な切り口の理由や共通理解を前面に押し出している印象を受けて、自分自身だったらこういう文章を書くことはないという感想は抱きました。

*2:ずる賢い見方をすれば、相手方は、そういう交渉の焦点を見抜いて、実質的な議論を行っていくのではなく、交渉術を用いたパワーゲームを仕掛けてきていると感じることもあります。そういった場面への対処方法としては、スポットでの取引なのか中長期的なアライアンスなのかなどでいろいろと異なってきうるところですが、いずれにしても、「どういう交渉になっているのか」を見抜く力は身に着けていくべきと日々感じるところです。