普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【書籍】キャリアデザインのための企業法務入門

 キャリアデザインのための企業法務入門(松尾剛行、有斐閣を読みました。地に足付けているけども前向きなやる気を出させる書籍という印象です。

 

 

1.本書の位置づけ

 本書の狙いとしては、法学部生と(法曹資格を有しない)若手法務担当者対して「キャリアを考えてもらう」という点にあると思われますが、この「キャリアを考える」という切り口の書籍には、いろいろなニュアンスの書籍を目にします。

 一つは、バラ色のキラキラした業務を紹介するというものです*1。もう一つは、徹底的な現実主義ということで地味な部分を強く押し出すというものです*2

 そのような中で、本書のスタンスはどのようなものかというと、かなり地に足のついた業務内容を紹介しているけども、地味すぎない形で前向きな業務内容を示していると思われ、中々良いラインを突いていると感じます。例えば、本書において具体的な取引ケースが多々出てくるのですが、ポンプ事業をベースにしたケースが設定されており、いわゆる製造業の法務でありそうなケースとして多くの読者が遭遇しそうなケースを取り上げているなと感じる次第です。

 要するに、本書の位置づけとしては、ターゲットとされる法学部生と(法曹資格を有しない)若手法務担当者に対して、地に足付けているけども前向きなやる気を出させる書籍というあたりになると思います。

 ただし、実際のところ、製造業の若手法務担当者以外の視点で見ると、どのような印象を受けるかはわかりません。例えば、サービスやITといった業種から見ると、どのような印象になるかはわかりません。また、学生の立場からみたときにどのように感じるのかはその想像の範疇を超えるところです。

 

2.個人的に良かった点

 個人的には、以下の3点がよく言語化されていると感じます。

 

① 雛形との向き合い方

 1点目は、雛形との向き合い方に関するものです。

 入社すると、多くの企業で、自社の取引に用いるための契約書の雛形が準備されていると思います。おそらく、新人指導の場面でもこの雛形を用いて指導することも多いことかと思います。

 ただ、この雛形との向き合い方は意外と難しいところがあり、単なる差分比較ツールと捉えてしまうともったいないかと思います。

 そういった観点で、本書では、雛形の背後にある具体的な取引状況をイメージすることを奨励しています。実際の企業法務の現場においても、例えば、同じ売買契約であっても企業ごとに異なる内容となっていることが通常ですし、そのように異なる内容になった背景というのは必ずあるはずです。そうだとすれば、自社の雛形についても、何らかの必然性をもってこの内容になっているはずで、その変遷もあったと思われます。そこを丁寧に紐解いていくことが自社への理解度を上げる方法というのは納得のいくところです。

 

② 交渉コストへの意識

 2点目は、交渉コストの意義がきっちりと書かれている点です。

 自分が法務の職責を担っていると考えると、どうしても何でもかんでもハードに交渉したいという誘惑にかられることはあります。ですが、それは現実出来ではないです。

 本書では、B to C取引とB to B取引の双方の比較から、「画一化」という切り口をもって、交渉コストについて説明しています。抽象的な題目としては交渉コストのことはわかっていても、自社ビジネスでどこまで交渉すべきかという点について、効率性とリスクの双方からしっかりと位置づけを言語化して説明することは非常に難しいところです。ですが、その視点の大切さを思い出させてくれる記述になってます。

 

③ 臨床法務の交渉における考え方

 3点目は、交渉における考え方として、「ビジネス+法律」という2つの切り口から物事を考える必要があるとしっかりと明示している点です。

 実際に法務業務をしていると、お題目のごとく、ビジネスを知らないとダメとは言いますし、誰しも抽象的な言葉ではそれを語ることはできます。ですが、目の前の自身のアウトプットにこれを活かすのが非常に難しい。

 本書では、ビジネス上のメリットがあるのであれば、先方の主張の説得性が乏しくても譲歩すべき場面があるという例があげられています。これは一つの例としてありうるところですし、実際にも、ビジネスラインだけで交渉した方が良い場面か、リーガルも加える場面かなどの判断を迫られることは多々あります。

 法務業務に取り組んでいると、法的な視点でムキになってしまいがちではありますが、そこは大局的な視点を持つべきと認識させてくれる記述になってます。

 

3.その他

 ほとんどの箇所は、上記2のような企業法務の業務の考え方というものを説明し、前向きな気持ちでキャリアを歩めるような構成になっております。

 ですが、前半部分(第1章から第6章まで)と後半部分(第7章から第12章まで)では若干記述の毛色が違うように感じます。特に、後半部分は、前半部分の暗黙知言語化といった要素ではなく、「お勉強」要素が強い気がします。

 また、著者の強い問題意識があるのか、「第12章 公共政策法務」の部分は、実務的なノウハウというよりは、著者の強い想いが前面に出てきている記述になっていると感じました。この部分については、キャリアを歩み始めたばかりの人だけではなく、それなりにキャリアを積んだ人が読んでも得ることのできるものが多い箇所と感じます。伝統的な企業法務の業務範囲からは少しはみ出た部分で、新しい部分を作っていくという意味でも、まだまだやれることはあると感じさせてくれる記述になっています。

 

 個人的には、即効性のある書籍では全くなく、ある意味での企業法務実務の仕事をする上での考え方を知るカタログ的な書籍になってこようかと思います。

 

以上

*1:バラ色のキラキラした業務のみを取り上げていると、読んでいる間は意識が高くなり良いのですが、文章も地に足つかないポエミーなものになりがちですし、何より実際に就業したときのギャップが大きくなってしまうように思います。

*2:実際の業務としては地味な業務が大半を占めるのですが、それだけではなかなかねぇ…というところはあります…。