普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【書籍】契約解消の法律実務

 契約解消の法律実務(松田世理奈・辛川力太・柴山吉報・高岸亘、中央経済社を読みました。契約解消という切り口の実務書はほぼ見たことがなかったため、興味深く読みました。

契約解消の法律実務

契約解消の法律実務

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1.本書の想定読者層

 本書の想定読者は、企業内での法務担当者になると思います。

 本書の構成自体は、前半部分にて契約解消の場面で問題となる理論的な根拠の簡単な整理を行い、後半部分にて典型的な契約類型ごとのケーススタディというものになっています。

 特に本書の特徴をあげるとすれば、後半部分のケーススタディにおいて、社内検討や(ビジネス部門との連携を踏まえた上での)アクションプランといったところだと思います。そもそも論として顧問弁護士と企業内の法務担当者の会話というものが冒頭にも設定されているところですし、また、はしがきにもありますが著者のいずれもが企業への出向経験があるということも謡われていることから、「企業内での検討」という観点が明確に意識されているのだと思います。

 一方で、「契約解消の法律実務」というタイトルからは、どの程度理論的な内容が記載されているのか、また、実務面という観点でもいわゆる法律事務所所属の実務家に有益な内容なのか、それとも企業内の実務家に有益な内容なのかといった諸点がわかりにくい印象ではあるので、本書を読むまで中々どういった層をターゲットとしているのかはわかりにくいとは思いました。

 本書を読む上では、本書のターゲット層がどこにあるのかという観点と自身の知りたい情報の間でズレが生じてしまうと、中々思った知見が得られなかったということにはなりうると思います。

 

2.本書の参考になった点

 本書で参考になった点としては、上記でもあげたように企業内での検討という観点から、企業内の初動対応としてどういった切り口でどういった資料を準備して検討すれば良いのかが、具体的なケースとともに記載されている点だと思います。

 特にこの観点がよく表れているのは、「第2章ケーススタディ」の「第1 売買契約」と「第2 継続的契約」の2つだと感じました。例えば、「第1 売買契約」であれば、ケーススタディに沿って、社内での事実確認の具体的な項目、集めるべき資料の項目、作成すべき時系列表の例などが書かれており、これは言うなれば、事業部門と打ち合わせをする前にこのような形で言語化・整理の上でしっかりと準備していくべきという一つの具体的な方法を示してくれていると思いますし、また、中々他の本にはないもので、ある意味でのOJTのような形になっていると思います。

 また、各ケーススタディに共通する事項ですが、各会社ごとの法務部門の位置づけが異なることを前提に、事業部門のみでの交渉や法務部門が出ていくべき交渉等のアプローチも記載されていることや、事業部サイドの意向をどのように本件での落としどころに持っていくのかという思考過程も書かれているのは参考になると思いました。

 

3.本書の少し気になった点

 逆に、本書の内容で少し気になった点としては、「第2章ケーススタディ」の後半で「第6 システム開発契約」「第7 AI開発契約」というものが扱われているのですが、その内容については、契約解消という他書にない視点を前面に押し出した記述になっているというよりは、システム開発契約やAI開発契約の一般的な説明にかなりのページ数をとっている印象で、上記であげたような売買契約や継続的契約のケースに比べると、実務的に参考になるという記載が少なかったように思います。

 もちろん、伝統的な契約類型の方が紛争となったケースの数は多いでしょうし、実務的な積み重ねが多いがゆえにこういった構成になっているのかもしれませんが、他の書籍と比較した時の本書の独自性という観点からは少々物足りなさを感じてしまいました。

 

 いずれにせよ、本書のターゲット層と本書の特徴的な観点を踏まえて、自分の問題意識と合致しているようであれば、本書は中々ない切り口の書籍であるため、有益だと感じだ次第です。

 

以上