普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【書籍】Q&Aでわかる業種別下請法の実務

 Q&Aでわかる業種別下請法の実務(長澤哲也・小田勇一編、学陽書房を読みました。

Q&Aでわかる 業種別 下請法の実務

Q&Aでわかる 業種別 下請法の実務

 

 

1.本書の特徴

 本書は、下請法のコンプライアンスリスクに関して、「総論」の知識を確認した上で、「業種別」にその注意点を記載した書籍となっています。業界の数としては、17業界の注意点が記載されております。

 下請法に関して初学者向けの書籍としては、はじめて学ぶ下請法(鎌田明編、商事法務)等もありますが、同書と比較しても、「業種別」の説明に相当ページ数割いている点は本書の極めて特徴的な点になっているかと思います。

 こういった総論的な観点と具体的な業界特有の問題点の2面から下請法上のリスクを説明している点が、本書の大きな特徴になっているかと思います。

 

2.本書の利点

 本書を拝読し、個人的に利点だと感じたのは以下の3点になります。

 

 まず、下請法の総論部分における知識体系の整理方法です。

 下請法上、親事業者の禁止行為として11の行為があげられておりますが、公正取引委員会中小企業庁の「下請取引適正化推進講習会テキスト」*1を見ても、下請法上の条文の記載順通りに解説する形となっています。これに対し、本書においては、条文の記載順通りの解説ではなく、実務で行われる取引の流れに則して、これらの禁止行為を再構築した解説となっており、その知識体系の整理が極めてわかりやすいものになっていると感じます。

 具体的には、

① 発注段階でのルール

② 発注してから給付受領までのルール

③ 受領した給付に関するルール

④ 代金支払いに関するルール

⑤ 取引に付随するルール

⑥ 取引完了後のルール

という切り口で整理がなされています*2

 実務においては、法令自体の理解⇔事業に則した形への法令知識の再構築⇔再構築した法令知識へのあてはめ、といった形で知識を再構築することが有益かと思いますが、本書の下請法の総論部分に関する知識整理の体系は、事業に則した形への法令知識の再構築という部分に関して一つの切り口を与えてくれるものかと思います。

 

 次に参考になったのは、下請法のみの解釈論に拘泥することなく、民法上の考え方を逐一参照している点です。

 例えば、下請法上の受領拒否の禁止を説明する文脈において、まず、親事業者が下請事業者の給付の受領を拒絶する場面における民法上の位置づけとして、弁済の提供・同時履行の抗弁(民法493条、533条)、債務不履行解除(同541条、542条)、受領遅滞(同413条2項) 、受領遅滞中の履行不能及び危険負担(同413条の2第2項、536条2項)を確認しながらも、

しかしながら、下請事業者にとって、現実に上記のような民法上の権利を親事業者に対し行使することは到底期待できませんし、行使できたとしても事後的な救済になるにすぎません。下請事業者は、親事業者から給付の受領を拒まれることによって、下請代金の支払いを受けることができず、目的物も廃棄せざるを得なくなってしまうことが多いのが実態でしょう。目的物を転売することができたとしても、当該目的物の価値減少分や転売費用等の不利益を負担することになってしまいます。(本書46頁、47頁)

といった「下請取引における実態」を述べ、下請法上、受領拒否の禁止といったものが定められている理由を説明する部分などは非常にわかりやすいものになっていると感じました。

 その他の部分に関しても、「下請法上の規制の民法との関係性」が意識して記載されているように思われ、既に民法を十分に学んだことがある人にとってはもちろんのこと、そうでなかったとしても、民法との関係性を意識できるこの点は本書の特徴的な点になっていると思います。

 

 そして、業種別の下請法上のリスクが顕在化する場面の特徴を記載している点も非常に参考になります。

 先にも述べましたが、本書の大きな特徴の一つは、業種別の下請法上のコンプライアンスリスクを記載している点です。もちろん、Q&Aとして、具体的な行為自体が下請法上のリスクがある行為なのか否かについても記載しているのですが、それだけではなく、当該業界ごとの特徴を記載している点は非常に参考になる点かと思います。

 例えば、金属産業についてですと、以下のような紹介がなされています。

 一口に金属産業といっても、様々な産業が含まれ、商慣習も様々ですが、金属産業においては、原材料の購入、作業の外注、加工の委託等サプライチェーンが形成され、下請法の適用対象となる取引が多い業界です。製品の品質・コスト面の競争力に下請法事業者が重要な役割を果たし、下請事業者の強化が産業全体にとって重要な意味を持ちます。

 一方で、サプライチェーンが形成されている結果、たとえば、需要家の図面承認の遅れが、下請事業者に対する納期の短縮につながるなど、下請事業者にしわ寄せが行きやすく、下請法上の問題が生じやすい産業分野ともいえます。(本書86頁)

 同種の記載は、本書で紹介されている17の業種それぞれになされているのは、本書の大きな利点と感じました。例えば、単なる法解釈ではなく、自社が属する業界に関して、下請法上のリスクという切り口から見た場合の産業上の特徴はどういった点なのか、また、これを前提にどういった環境の変化が生じれば下請法上のリスクが顕在化する可能性が高まるのか、などといった事項を把握するために、有益な視点かと思います。

 

3.おわりに

 上記のような特徴を有する本書については、下請法を学び始めた人にとって非常に有益な書籍になっていることかと思います*3。本書を読んだ上で、前述の「下請取引適正化推進講習会テキスト」や本書内でも紹介されている業種ごとの「ガイドライン」を参照していくことで、下請法に関してさらに理解を深めることができるように思います。

 

以上

*1:令和2年版として以下。

https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/download/shitauke_koushu.pdf

*2:本書30頁から68頁まで。

*3:もちろん、既に学んだことのある人にとっても、様々な示唆のある書籍かと思います。