普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【書籍】独禁法の授業をはじめます

 独禁法の授業をはじめます(菅久修一、商事法務)を読みました。

 

1.本書の想定される読み手

 本書は、公正取引委員会事務総長である著者によって書かれた独禁法の入門書」となっています。

 昨今、様々なメディアを見ていても、談合やカルテルといった従来「独禁法といえば」と思いつく場面に加えて、デジタル・プラットフォームやスタートアップといった「現代社会におけるホットな現象」に関わる場面でも独禁法という言葉に出会うことが増えてきているように思います。それに伴い、日々の業務遂行の場面において、今まで想定していなかった新たな独禁法リスクが生じてきている事業や企業もあるように思います。こういった独禁法というものに対する感度の高まりや広がりというのは、企業法務に携わる者だけでなく、それ以外のビジネスパーソンにおいても生じているかもしれません。

 本書は、こういった現在における「独禁法」というものに対する感度を反映してか、

この本を手に取っていただいた方々の多数派は、〔中略〕どんなものなのか知りたい気持ちはあるけど、法律の本は難しそうなので躊躇(難しいしてたけど、この本はなんか易しそうな感じがしたのでちょっと読んでみるかと思った、ということかと想像しています。(前掲はしがきⅰ頁)

と、本書の読み手を想像しているところです。

 実際に「独禁法」というものに何らの関わりも持たない人が本書を手に取るか否かは置いておいたとしても、本書のこのような狙いというものは、「2.本書の特徴」に見るようなところに繋がっているように思います。

 

2.本書の特徴

 まず、本書の大きな特徴の一つとしては、条文というものがほとんど出てこないという点かと思います。

 本書を一読していただければわかる点ですが、ほんとうに条文というものが出てきません。条文の文言からスタートする説明ではなく、独禁法ではどういった事柄が定められているのかをざっくりと理解するという方針が貫かれております。その旨は以下にも表れているかと思います。

独禁法の場合、基本的な考え方さえ理解できていれば、細かな条文とか知らなくてもほぼ正しい方向での判断ができるといっても過言ではありません。むしろ、条文とかの細かな解釈とかから入っていくと、そういうことはいろいろと事細かに知っていても、いわゆる「気をみて森をみず」で、大局観がなくて、かえって実際の場面での判断を誤るということになりかねませんのでご注意ください。(前掲はしがきⅱ頁)

 中々、法律関連の本を読んでいて、「ほぼ正しい方向での判断ができる」という書籍のゴールを明示することも珍しいと感じますが、独禁法という法律の建付けを考えた場合、入門書の位置づけとしては非常に納得のいくところです。

 

 一方、予想外に突っ込んだ記述がなされているという点もあります。

 例えば、「優越的地位の濫用」の「公正競争阻害性」を判断する一つのファクターとして「行為の広がり」というものがあげられことがありますが、その位置づけに関し、公取委の審査での取り上げ方という観点から以下のような記述がなされています。

そしてまた、この「行為の広がり」があると競争上の問題が大きくなる(独禁法で対応する必要性が高まる)ということから、公正取引委員会が事件として取り上げるべきかを判断する際に考慮すべき事項(事件選択の基準)とも理解できるでしょう。(前掲98頁・99頁)

 通常の入門書であれば、この「行為の広がり」というファクターに関して触れることはすれどかみ砕いた説明がなされることは少ない認識ですが、本書では上記引用部分も含めて3頁弱に渡ってかみ砕いた説明がなされており、意外と突っ込んだ記述がなされている部分もあると感じました。

 

3.本書を業務に活かすとすれば

 まずは、本書の素直な使い方として、1.や2.で見たように、本書を用いて独禁法の基本的な考え方を掴むというものがあるかと思います。

 実際の法務業務を行っていると、目の前の案件対応にあたって独禁法の観点からの分析が必要になることは多々あることかと思いますが、どうしても日常の業務においては、時間という制約条件があるため、ガイドライン等を参照し、目の前の案件の分析・解決策を検討することで終えてしまうこともあるかと思います。もちろんそれでも良いと思いますが、折角であれば、個々の案件で得た知識・経験を抽象化して、体系的なものとして自分の中に落とし込みたいと感じることもあるわけで、本書はそういった観点から、独禁法全体の基本的な考え方を掴むための第一歩に役立つ本と感じます。もちろん、今後、独禁法業務に携わることになる方が読むにも適した書籍かと思います。

 

 次は、独禁法の授業という観点を捉えて、独禁法関連の社内講師をする際の参考にするというものもあるかと思います。

 独禁法関連の社内講師をする際の「目的」をどういった点に置くかは状況によって違うのでしょうが、その一つとして、法務部門への相談の端緒となる機会を増やすというものがあろうかと思います。その場合、どうしてもその過程においては、事業部サイドにおいて、本案件を遂行するにあたっては独禁法上の疑義が生じてしまわないだろうかと直感的な違和感を感じてもらう必要も出てきます。

 そういった目的達成のために研修をどのように進めるか。その観点から見ると、本書の説明内容は示唆に富むものもあるように思います。例えば、独禁法で問題となる場面はどのような場面かという文脈で、

第2回以降、独禁法で禁止されている行為などを1つずつ学んでいきますが、そうした個々の細かなことを仮に忘れたとしても、独禁法で問題となるかどうかについては、1つには、需要者(買い手、取引先、お客さん、消費者)の立場で、2つには、同業者とまともに競い合いをしている事業者の立場で考えればほぼわかります。(前掲11頁)

といったことが書かれています。

 研修を企画するにあたっては、法律上の行為やその要件・効果といったものを説明したい誘惑にかられることもありますが、その「目的」次第ではざっくりとした切り口での説明を考える必要もあるかと思います。そういったものを考えるにあたって、参考になる記載もあると感じました。

 

4.おわりに

 もちろん日々の業務において独禁法関連の検討を行うにあたっては他の資料にあたることは必須でしょうが、独禁法ってそもそもどんな考えの法律なのかといった点を知りたいと考える人には良い本だと感じました。まさに、本書の方針通りの本かと思います。

 

以上