普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【書籍】事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック

 事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック(塩野誠・宮下和昌、東洋経済新報社を読みました。「事業戦略」軸で自身の法律知識を整理するにあたって非常に有益な書籍と感じました。

 

事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック

事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック

 

 

● 本書の内容

 本書は、いわゆる事業部門の担当者を直接の対象として、事業を行っていく上で直面する状況ごとに問題となりうる法的リスクを分析・整理した書籍となっています*1

 この「事業を行っていく上で」という点ですが、本書においてはどのような切り口から事業活動を切り取っているかというと、「事業戦略」という切り口から事業活動を切り取っている点に大きな特徴があると思います。

 例えば、企業法務を扱った書籍ですと、契約法務、債権管理、個人情報保護等の法務業務の視点から章立てを行っている書籍は数多く見られますし、また、事業の視点から章立てを行っている書籍であっても、開発、調達、営業といった個々の事業活動の視点からの章立ての書籍は相当数見受けられるところです。

 そんな中で、本書は、先にも述べたように、「事業戦略」という切り口から法的リスクを分析・整理していきます。具体的には、戦略参謀のための基礎法学、収益改善戦略の法務、コスト削減戦略の法務、M&A戦略の法務という4つの章立てになっているわけですが、特に、収益改善戦略の法務、コスト削減戦略の法務という2つの章は他の書籍にはない部分になっているかと思います。

 本書の記載の一例をあげると、販売量に関する戦略として「市場シェア拡大」というものが取り上げられており*2、その際の戦略として、競合事業者の顧客を奪う、競合事業者の販売力を奪う、これらの両方を行うという整理を行い、それぞれの法的リスクとして、それぞれ、独占禁止法上の私的独占の禁止の問題、従業員の引き抜きに伴う競業避止義務や秘密保持義務の問題、M&Aに伴う諸問題をあげ、法的リスクの分析を行っております。

 このように、本書の特徴として、目の前の事業活動の戦略的意義は何かという点から法的リスクに向き合っている点を挙げることができ、これは、法務部門に持ち込まれる相談の事業活動上の戦略的意義を考えることの重要性を再認識させてくれるように思います。そうだとすれば、「事業担当者」というタイトルが付けられてはおりますが、「法務担当者」にとっても価値ある書籍になるのではないかと考えます

 

● 知識整理の切り口

 さて、本書の内容としては以上のようなものになろうかと思いますが、法務を行う上での「法律知識」の整理方法として、どのような切り口がありうるでしょうか。

 大雑把に区分するのであれば、

 ① 具体的な場面ごとに法的知識を整理する方法

 ② 法的知識を法律上の体系に沿って整理する方法

の2つがありうるかと思います。

 実務を行うにあたっては、時間等の諸々の制約条件下での意思決定が要請される場面も多々ありますから、①のような形で、自社ビジネスや自身の責任範囲で必要とされる法的知識の整理を行っていくことは必要だと思います。本書は、このような観点で、「事業戦略」という軸を用いた整理をしていると考えられます。

 ただ、「専門性」という切り口からすれば、①のような形のみではなく、①で得た具体的な知識や経験といったものを②のように「体系」レベルで整理し、より深く法律知識を理解していくことが必要になってくると思います。その方が、他の部分でも応用が利きますしね。

 なので、本書を用いて、自身の法律知識の整理方法の切り口を増やし、自身の法律知識の深化を測るというのもありうる使い方であるように思います。

 

 最後に、本書は2015年に第1版が出版されているので、その後に行われた法改正や実務上有益な参考文献として掲げられている書籍がアップデートされていないというのは、注意すべき点かと思います。こういった点がアップデートされた改訂版も期待したいところです。

*1:著者の宮下和昌弁護士のブログでは、本書の音声解説を行った動画が定期的にアップロードされています。http://access-to-legal-world.mystrikingly.com/

*2:前掲151頁以下。