企業法務1年目の教科書 法律相談・ジェネコ対応の手引(幅野直人著、中央経済社)を読みました。企業法務に従事することになる新人担当者が”企業法務のお作法”を身に着ける本として非常に参考になると感じました。
1.本書の概要
本書は、企業法務で遭遇する”法律相談一般のお作法”を丁寧に言語化した本になっています。著者は、同シリーズの書籍として企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務(幅野直人著、中央経済社)*1を書いており、同書の中で、いわゆる”契約審査のお作法”を丁寧に言語化していたことから、本書は同じコンセプトで”法律相談一般のお作法”について書いたものになっています。
本書自体は、著者も書いているところですが、”企業法務1年目で身に着けておくべきこと”をその対象として書かれたものとなっており、企業法務1年目の方が自分の日々の仕事を行うにあたっての一つの”軸”をイメージするために非常に良いと思います。しっかりとしたOJTを受けられるのであれば、こういった観点というのは、上司・先輩から到達点として明示されることもあるかもしれないのですが、すべての職場が必ずしもそういうわけではないので、自分自身の1年目のゴールはどこにおけばよいのかと言う漠然とした不安を払拭するためにも役に立つと思います。
2.本書の秀逸な点
本書が秀逸だと考える部分としては、第1章(概観)、第2章(初動のポイント)、第3章(案件処理のポイント)の部分だと思います。
本書は、第1章から第3章にて法律相談一般に共通する観点、第4章と第5章にて案件種別に応じた観点、第6章にてケーススタディという構成をとっていますが、法律相談一般に共通する観点をここまで丁寧に言語化した書籍は類書では中々ないように思います。
例えば、ヒアリングのポイントで触れられている背景事情の確認や相談者の意向の確認、リサーチのポイントで触れられている条文を出発点とする原典にあたる、といった観点については、一般のビジネス本や類似の企業法務本においても触れられていることが多い観点ですが、初期判断のポイントとして対応に必要な社内体制の確認といった観点や情報拡散の管理という観点にまでしっかり触れているのは、企業法務の特性を考慮した上での記述となっていると思われ、実際の業務をしっかりと言語化した記載になっていると思います。もちろん、類似の企業法務本においても触れられることが多い観点についても、丁寧に言語化されているのは非常にわかりやすい点だと思います。
こういった観点は、企業法務1年目の担当が自身の業務を行い、また、上司・先輩からの指導を受ける中で得た”気づき”を一般化・抽象化して、自分の血肉にするための補助線を与えてくれることと思います。
3.本書のその先の学び方
一方で、2.で述べたような本書で書かれている企業法務の暗黙知を超えて、日々のOJTの中で身に着けていくべき観点もあるように思います。
まず、企業内の法務担当者であれば、他部署との関わり方というのは、上司・先輩のふるまいをよく見る必要があると思います。本書においても、前記のように初期判断のポイント部分で社内体制について触れておりますし、また、第4章の品質クレームの部分でも他部署とのかかわりについては、簡単に触れているところです。しかしながら、実際の企業内の法務担当者が日々の業務を遂行する上では、思っている以上に、相談部門と法務部門の2者間では解決しない問題が多いです。特に、本書でもあげられているようなクレーム対応というのは、1年目の担当者が想像する以上にいろいろな部署が関わってくる案件です。そして、その状況は会社によって異なってくると思います。そういう観点で、他部署との関わりと言うのは、上司・先輩のふるまいをよく見ながら身に着けていく必要が大きい点になると思います。
次に、AIやリーガルテックとの関わりというのも、1年目でも直面してくる課題かと思います。OJTを担当してくれる上司・先輩が育ってきた環境とは異なり、現在の企業法務の新人においては、AIやリーガルテックが当たり前の環境でキャリアをスタートすることになります。そのため、自分の業務とのかかわりの中で、AIやリーガルテックをどう使っていくのかは、キャリアのスタート時点から考えても良い課題かもしれません。おそらく、人や組織によるところですが、上司・先輩とは感度が違うこともあるので、うまく自分の中で位置づけを見つけていく必要があるのかもしれません。
こういった観点は、本書のその先を考える上で、必要になってくる点かと思います。
総じて、本書は”企業法務の1年目のお作法”を身に着ける書籍として非常に有用だと思います。