普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【書籍】Q&Aでわかる業種別法務 製造

 「Q&Aでわかる業種別法務 製造」(日本組織内弁護士協会、中央経済社を読みました。メーカーでの法務経験が浅い法務担当者が全体像を掴むためには良い書籍かと思いました*1

 

製造 (【Q&Aでわかる業種別法務】)

製造 (【Q&Aでわかる業種別法務】)

  • 発売日: 2020/03/18
  • メディア: 単行本
 

 

● 本書の内容

 日本組織内弁護士協会により順次出版されている業種別法務シリーズのうち、「製造業」に特化したものになります*2

 本書の主たるターゲット層としては、

主たる読者としては、法学部出身で新しくメーカーに入った方、別の部署から法務部に異動になった方、別の業界から移ってきた方等、メーカーで法務を担当して日の浅い方々(弁護士資格の有無を問わない)を想定しています。(本書はしがきⅲ頁)

とのことです。ここからわかるように、比較的、メーカーでの法務経験が少ない方をターゲットとした書籍になっています。

 

 その上で、本書の大きな特徴の一つとしては、序章として「製造業の特色」という章が設けられている点があげられます(本書1頁以下)。

 企業法務に従事する上では、自身の属する企業の事業を知っていないと、正確なリスクを把握することはできないですし、また、的外れなアウトプットをしてしまう可能性もあります。そのため、メーカーでの法務に従事する際にも、まずは「事業を知る」という点が必要になってくるわけですが、本書では、その一つの見取り図として、業界概要ビジネスモデル法務の特色という3つの項目に分けて、「製造業の特色」に関する説明がなされています。

 例えば、メーカーでの法務の全体像を掴む一つの方法として、ビジネスの流れを把握するというものが考えられますが、本書においても、設計・開発、購買、製造、受注、販売・保守、回収、海外展開、危機管理という切り口により、ビジネスの流れを把握する方法が提示されています。実際にも、このような切り口で自社の事業を整理すると、見えてくるものがあるのではないでしょうか。

 

 そして、このような整理を前提として、メーカーの法務にて関わってくるであろう法的な問題点に関し、「受注」「開発」「調達・製造」「販売・債権回収」「コンプライアンス・ガバナンス」という章を設けて解説していきます。

 

 私個人としてはメーカー法務の肝はバリューチェーンサプライチェーンといったビジネスの「流れ」を把握する点にあると思いますので、「流れ」に沿って法的な問題が整理しようとしている点は良い点かと思いました。特に、メーカーでの法務経験が浅い法務担当者が全体像を掴むために一読する価値ある書籍と感じました。

 ただし、いくつか疑問に感じる点もありましたので、必要に応じて、記載に違和感を感じた場合には別途リサーチをする必要はあると思います*3*4

 

● 他の書籍との比較

 他にもメーカー法務を取り扱った書籍がありますので、本書との比較をしてみたいと思います

 

 まず、近時発売されたものとして、メーカー取引の法律実務Q&A(島田法律事務所、商事法務)があります*5

 当該書籍の特徴としては、メーカーの法務を担当する上で日々接することになる問題に関し、Q&A形式での記述がなされていることかと思います。特に、 ①ありがちな行為の法的位置づけがきっちり検討・記載されていること、②裁判手続になった場合の事実認定的な側面からの記載が豊富なことは当該書籍の大きな利点になってくると思います*6。ですので、日々の業務で疑問を感じたときに紐解きやすい書籍としてはこちらになってくると思います*7

 

 次に、研究・製造・販売部門の法的リスク(松下電工株式会社法務部、中央経済社があります*8

  当該書籍の特徴としては、事業という切り口から見た「リスク」の分析に主を置いている点かと思います。例えば、その切り口は、「製造に関する企画に際して」といった形でのものとなっており、フラットに事業に向き合う際の視点で記述がなされています*9。事業活動におけるリスク抽出をゼロベースで行うためにはどうすれば良いかと考える際には、一つの視点を与えてくれる書籍になるかと思います。

 

 これらに対し、本書は、メーカーの法務を担当する上で日々接することになる問題から「視座を一つ上げて」、取引基本契約で気を付けるべきこと、共同研究開発契約で気を付けるべきことといったより一般的な視座での「法的な点」に視野を当てた記載がなされています*10。なので、個々の業務を超えて、メーカー法務の全体感を掴みたい、自身の接していない分野についても学びたいといった場合には読む価値がある書籍かと思います*11

 

 以上のように、本書は、メーカーでの法務経験が浅い法務担当者が全体像を掴むために一読する価値ある書籍かと感じました。

*1:本書の個々のQ&Aに関する検討を行っているブログとして、dtk先生の以下のブログがあります。突っ込んだ比較に関しては以下を参照。

https://dtk1970.hatenablog.com/entry/2020/03/20/233000

*2:その他としては、銀行、不動産、自治体、医薬品・医療機器、証券・資産運用、建設、学校があるようです。

*3:まず、章立てはメーカー法務に従事する上での「流れ」に沿ったものになっていますが、具体的な内容を見ていくと、その軸がぶれている箇所があり、説明としてわかりにくくなっている箇所が散見されます。例えば、第1章は「受注」というものにフォーカスされていますが、第4章「販売・債権回収」というものとの関係性がわかりにくいと感じます。第1章「受注」も子細に見ていくと、Q9「OEM契約」はOEMで製造委託をする話ですし、Q10「合弁契約」も「受注」というよりは、もう少し大きな「戦略」の話になってくるように思います。前述のようにメーカー法務の肝はバリューチェーンサプライチェーンといった「流れ」を把握する点にあると考えますので、この点は本書の読みにくさになると思います。

*4:次に、同じく第1章「受注」のQ3取引基本契約書の交渉の留意点の「2.取引基本契約書の適用範囲」において、「適用される視点や部門を限定する場合、「〇〇株式会社XX支店」等を契約当事者名とし、適用範囲を明確にします」(本書21頁)とありますが、この記載には疑問があります。契約の効力範囲に関しては、当事者の意思解釈による部分が大きいと思われるが、本方法のみで当該記載の範囲にその効力範囲が限定されるかはケースバイケースによるところが大きいと思われるし、むしろ、確実を期すのであれば、別途条項にて当該契約の効力範囲に関する条項を置いた方が良いと思います。

*5:本書に関する感想は過去に記載済みです。

https://chikuwa-houmu.hatenablog.com/entry/2020/02/10/220620

*6:例えば、見積書、取引基本契約、見積依頼書、見積仕様書、購入仕様書、発注書、請書、発注予定表、カタログ等々のメーカー法務で日々接することになる文書の法的位置づけをしっかりと検討している点は類書では中々見られない点の1つかと思います(当該書籍33頁等)

*7:逆に、こちらの書籍は通読には向かないと思います。Q&A形式のためか、重複する記載が多数みられるため、通読するにはそれなりにストレスがあります。

*8:本書に関する感想は過去に記載済みです。

https://chikuwa-houmu.hatenablog.com/entry/2020/03/09/225946

*9:逆に言えば、法律上の根拠に関する記載はほとんどなされていないため、自身で補っていく必要があります。

*10:本書では、しっかりと「開発」分野に関する記載もなされている。あとは、「コンプライアンス」に関する章もある。折角ならば、スリーラインディフェンス辺りの触りも欲しかったところ。

*11:見たところ、相互レファレンスもしっかりしているため、通読する分にはそれほどストレスはないです。