普通の法務の現場録

企業法務人の管理人が、「普通の法務の現場目線」という切り口で、現場の暗黙知を言語化しようと試みているブログです。

【法務】ビジネス法務 2019年11月号 感想

ビジネス法務2019年11月号を読みましたので、備忘録です。

ビジネス法務 2019年 11 月号 [雑誌]

ビジネス法務 2019年 11 月号 [雑誌]

 

 1.全社連携を実現するには? 債権保全・回収業務の基本と法務担当者の心構え(大川治・前掲54頁)

・本号の特集の1つは、債権保全・債権回収の対応というものでした。

・本記事はそのための総論部分という位置づけで、その他3つの記事においては企業内の実務担当者の声も記載されており、非常に興味深いものになっていました。

・さて、債権保全・回収業務を考える上での重要な視点としては、

仮に売掛金1,000万円が焦げ付いて、一切回収できなかったとしよう。この1,000万円の焦付きを取り戻すには利益を上げるしかない。利益率10パーセントの取引で1,000万円のロスを取り戻すには、1億円の売上が必要となる。 (前掲54頁)

という点だと考えます。

 主として法務業務に従事している者の場合、ある債権が回収不能になってしまった際、当該債権が回収できなくなることの経営的な意味をどこまで認識できているでしょうか。単に、●●円の債権が回収できなくなってしまったという認識になっていないでしょうか。

 やはり、債権保全・回収業務を考える上では、当該債権が回収できなくなることでどれくらいの利益が無くなってしまうのか、新たにどの程度の売上が必要となり、そのためにはどのような営業コストが必要となるのか、まで頭に入れておく必要があると思います。債権保全・回収においてはこれこそがスタートであり、また、事業部教育の際にも必ず伝えるべきことかと思います。

・また、債権回収・保全を考える際の思考フレームとしては、

取引先の信用状態にはステージがある。また、取引先と締結する個々の契約にも、同じようにステージ、段階がある。このステージ、段階ごとに、債権保全・回収の観点で何をどうすればいいかを考えると、物事が整理される。(前掲56頁)

という「時系列」の意識が重要かと思われます。 

 

 では、この「時系列」ごとのリスク管理を法務担当部署のみが担うかというと、そうではなくて、事前の備えに対応する段階ですと、

 取引先と一番近くにいて、情報をたくさん持っているのは、営業担当者である。営業担当部門は、売上だけでなく、きちんと回収できるかについても当然責任を持たなければならない。取引開始の可否を審査する信用調査において、営業担当者と法務・審査担当者の連携は重要である。(前掲56頁)

また、信用不安時・緊急時の段階ですと、

取引先の異変情報を入手してくるのは、日頃から接点のある営業部門であることが多いだろう。この情報の分析・検討を営業部門だけにゆだねてはならない。法務・審査担当者も情報を共有してもらい、情勢を分析する必要がある。状況によって、法務・審査担当者が直接アプローチする必要も出てくる。(前掲57頁)

とあるように、債権保全・回収に関わる部署の連携が大事になってくると思います。

・以上のような本記事において指摘されている事項を前提に、一法務担当者として何ができるのかを考えてみたいと思います。

 法務担当者として債権保全・回収に対する付加価値をもたらすことのできる場面としては、①教育、②取引スキームの策定時、③取引中、④緊急時の4つが主なものになろうかと思います。ここでは、「予防」の主たる場面である①②の2つに絞って記載したいと思います。

 まず、①教育の場面に関しては、上記でも指摘のように、当該債権が回収できなくなることでどれくらいの利益が無くなってしまうのか、新たにどの程度の売上が必要となり、そのためにはどのような営業コストが必要となるのか、ということを事業部門にしっかりと伝えることを意識する必要があると思います。これは、リスク認識のスタートであるため当然だと思います。

 次に、②取引スキームの策定時に関しては、債権保全の基本的な「幹」となるものととしては、定量面及び定性面からの取引先の調査(=リスクの分析)⇒代金支払条件及び契約条項の設定(=リスクヘッジ策の策定)となるかと思います。リスクの分析においては、審査担当部署と情報共有の上、法務担当部署もしっかりと債権回収リスクの程度を認識すべきでしょうし、また、契約条項の設定にあたっては、債権回収策のキーとなる期限の利益喪失条項のトリガー事由、及び債権回収が功を奏しない場合の物の引き上げに関する条項(解除及び所有権留保)が適切なものになっているかをケースバイケースで考える必要があるかと思います。特に、リードタイムが長い製品になってくると仕掛りリスクも発生するでしょうから、より慎重な対応が必要になると思います。

・単なる「物品の売買契約」だとしても、取引先の経営リスク、取引の利益率、リードタイムの長さ等で、債権回収リスクの程度は変わってきますので、社内のどの関係部門のどの人と情報を共有する必要があるのか、ヒアリングする必要があるのか、仕入れた情報はどのように整理していけばよいのかなど、検討することはたくさんあるかと思います。その上で、社内の仕組み上不要な点がある、又は必要な点がカバーされていないと考えるならば、新たな債権回収リスク管理の仕組みを提案する必要もあるかと思います。「物品の売買契約」のレビューが単なるルーティンになっていないかは、自問自答する必要があると思います。

2.先輩・後輩で描く企業法務のグランドデザイン 第4回企業法務とコンプライアンス(須崎將人・中山剛志・宮下和昌・前掲74頁)

・企業法務というものを現代的なものへと再構築するという視点から数回にわたって続けられている連載です。今回は、企業法務とコンプライアンスというものをテーマにいろいろなことが論じられています。

・まず、コンプライアンス「体制づくり」という視点に関して、

グローバル基準のコンプライアンス規定類の作成を海外の弁護士事務所等に依頼すると、パターン化されたものが簡単に用意されてくる。しかし、それらを単にコピーしても日本の企業にとっては実効性に乏しいものになる可能性がある。したがって、具体的にかつ個別に検討する必要がある。(前掲76頁)

との指摘があります。

 コンプライアンス体制づくりという点に関する「法務部門の立ち位置」というのは、中々、難しいものがあると考えます。一法務担当者の視点からすると、自身の業務を遂行する上で、規定整備という切り口からアプローチするか規定整備の前段階である事業部門のオペレーション構築支援という切り口からアプローチするかというのは悩ましく感じています。 個人的には後者のオペレーション構築支援という切り口の方が望ましいとは感じていますが、実際にはリソースの不足もありますので、中々、すべてのリスクに対しては実施できないというのが現実的なところです。そうだとすれば、リスクが高い部分に関してはオペレーション構築支援を積極的に行い、リスクが低い部分に関しては規定策定を利用した監査の場面でのコミュニケーション等でのリスク対応及びPDCAでの改善活動というのもありかもしれないと考える次第です。ここは難しいところです。

・また、「持続性」という視点では、

いったん決めた枠や制限に関しても、法の運用次第で、許容範囲が変わる可能性があるので、見直す必要もある。(前掲77頁)

 というのは、極めて重要な指摘かと思います。

 グローバルなコンプライアンス環境というのを見渡していると、米中の貿易戦争等、極めて「不確実性」というものが高くなってきているかと思います。これは、一法務担当者の業務においても例外ではなくて、これまでのような「規定」を策定し、「教育」し、「運用」してもらうというコンプライアンス活動が通用しなくなってきているのではないかということです。どうしても「規定」ベースのアプローチは、一旦定まった規制が持続するというある種の「確実性」が前提になっていると考えられ、その前提条件が変わってしまった場合には、別のアプローチが必要になるのではということです。

 個人的には、コンプライアンス活動の軸足をこれまでの予防的なアプローチだけではなく、「監査(モニタリング)」というものをより重要視する(=監査部門との連携を強める)リスクが顕在化した際の被害が拡大しないためのマニュアルを策定するなど、一法務担当者の職務も変わっていく必要があるのではないかと考えます。

 

今月号も盛りだくさんで勉強になりました!